
垂水市は、大隅半島の北西部、鹿児島湾に面するほぼ中央に位置しています。
錦江湾にせり出した桜島により、鹿児島市と大隅半島を結ぶ海上陸上の要所となっています。
北には霧島市(旧姶良郡福山町)、西に桜島、東は高隈連山を境として鹿屋市に接し
【総面積】約162.12平方キロメートル
【海岸線】37キロメートル
となっています。
そのような地形を活かし、海岸近くではブリ・カンパチの養殖漁業が盛んに行われています。
気候は温暖で、びわ・柑橘類などの果実やきぬさやえんどう・さやいんげんなどの野菜の栽培も盛んです。
また、高隈山系を源に地底から湧き出る温泉水は、豊富な天然ミネラルをバランスよく含む健康飲料水として親しまれています。
垂水島津家

島津一門家(加治木・重富・垂水・今和泉)である垂水島津家は島津宗家15代・貴久(たかひさ)の次弟・忠将(ただまさ)を元祖とする家柄です。
慶長4年(1599)、垂水島津家2代・以久(ゆきひさ)が垂水領主となって以降、以来明治維新まで16代・約300年にわたり垂水を統治しました。
垂水島津家墓所は、垂水島津家の菩提寺であった心翁寺(しんおうじ)の一部で、4代・久信(ひさのぶ)以降の歴代領主とその一族・忠臣の墓碑等石造物が多数存在します。
垂水島津家は、文教の振興に力をいれ、当時『文化面においては藩内随一』と称されました。
その気風が明治維新以降も受け継がれ、明治、大正、昭和の初期にかけて各方面に多くの人材を輩出したそうです。
余談ですが、筆者が垂水のあちこちを巡っていると「人々の穏やかさ」に幾度も感動させられる場面がありました。
とにかく皆が優しくて、おっとりした語り口調。
熊本県・人吉市が好きでよく遊びに行きます。
人吉藩の相良氏が統治した人吉市は700年。島津氏が300年統治したこの土地でもまた、似た雰囲気を感じさせられました。
垂水市も人吉市も美味しい水の町。
この穏やかさは名水が作る気風…なのかもしれませんね。
